第5話「南へ」


4月1日

 

ハンガリア国境都市セントアーク。俺を含めたオーバーロード実行部隊はこの町を経由してドルファンへ向かっていた。

スイーズランドでの準備を全て終えた翌日、俺・ライズ・フィー・カルノーの実行部隊4人は早速ドルファンへ向けて出発、フィーの提案により現在最も治安の安定しているセントアークルートを取ったのである。しかしこれは、プロキア、ゲルタニア方面は警備が厳しいがための最終手段でもあった。

 

「それにしても、この山道はさすがに耐えがたいな。いっそ3年前の様にサーカスに化けていきたいよ」

カルノーがぼやく。実際警備が手薄な分道など無いに等しいルートだった。アルプスを越えるハンニバルの心境である。

「でも、タネの分かっている手品ほどつまらないものは無いわ」

ライズが突っ込みを入れる。カルノーはそれに渋々といった様子でうなずき、今度は俺に話し掛けた。

「ところで東洋人、向こうへ着いてからのことは考えてあるのか?」

「宿は森林区に住んでいる知り合いに頼むつもりだ。先に派遣した人間に手紙を持たせてある。…それといい加減、その東洋人という呼称はやめろ」

「貴様など、“東洋人”で充分だ。言っておくが貴様の部下になったわけではないのだからな」

どうやら俺はまだ完全に信用されたわけではないらしい。だが俺にも切り札があった。

「だったらお前は“お兄ちゃん”でどうだ?最近俺の祖国で流行っているらしいぞ」

「…リョウ、寝首を掻かれたくなかったらそれだけはやめろ」

カルノーが折れる。どうやら俺の勝ちのようだ。横を見るとフィーが腹を抱えて悶絶している。笑いを堪えるのに必死なのか、目には涙も浮かんでいる。一方ライズはというと、呆れた様子でため息をついていた。この2人の対照的な反応も、なかなか面白い。

「なんだか、遠足みたいですね」

しばらくして復活したフィーが楽しそうに言う。

「まったくね。一国の運命を賭けた任務だというのに、これじゃあ先が思いやられるわ。…ところでリョウ、さっきの話だけど、本当に手紙一つで大丈夫なの?」

「ああ。ちゃんと“山吹色のお菓子”も同封してある」

「つまりワイロって奴ですよね」

「あいつは研究資金と言い張るだろうがな。まあそんなところだ」

そんなような話をしながら、俺達は山道を歩いていった。遠足気分だと、どんなに辛い山道でも不思議と文句は出ないものだ。いつの間にか道もなだらかになり、目の前には草原が広がっていた。

「…これで、ドルファンの国境は突破したわ。3年ぶりね、この景色を眺めるのは」

ライズが珍しく感慨深くつぶやく。カルノーも、多少形は違えど俺と同じような思いを今、抱いているのだろう。その思いのまま俺は目の前に広がる草原の中央へ駆けていった。

「再び俺の理想を掲げるために、オーバーロード成就のために!ドルファンよ、私は帰って来たァ!」

万感の思いを込めて、俺は叫んだ。ちなみに以前祖国で見た劇画の名場面での台詞をアレンジしてみた。

「…気は済んだか?」

少し遅れてやってきたカルノーが呆れた声で俺の肩を叩く。

「ドルファン首都城塞まではあと少しです。頑張りましょう!」

つづいてやってきたフィーはそう言って俺を励ましてくれた。

「何してるの、行くわよ」

ひとり先に歩き出していたライズが声をかける。俺達は顔を見合わせて、苦笑して彼女の後ろについて走り出した。

 

(待っていてくれ、プリシラ。俺は、必ずお前を迎えに行く。そして、オーバーロードを完璧に成功させて見せる。あの時俺を生かしてくれた、あの人に誓って!)

 

 

4月3日 朝

 

ドルファン国境を越えて2日後、森林区にある一軒家、メネシスの家に俺達はお邪魔していた。彼女は俺達の滞在を案外簡単に許可してくれたが、そこには1つ条件が付いていた。

「皆さん、朝食の用意が出来ましたよ☆」

狭い家に、フィーの明るい声が響く。その条件とはすなわち炊事洗濯である。メネシスにとっては、ちょっとした袖の下よりはこちらのほうがありがたいらしかった。

「しかしあんたら、軍人とかスパイなんて仕事してる割には、料理が上手いねえ、あたしは大変満足してるよ」

メネシスが上機嫌でしゃべる。このことは実際俺にも意外だった。俺自身は何年も一人暮らしをしているせいで、そこそこ料理は出来ると思っていた。しかしライズ、フィーはともかくカルノーまでが美味な食事をいとも簡単に作るのである。このことは俺の料理に関してのちょっとした自信を、いとも簡単に打ち砕いた。

「ところであんたら、作戦が成功したらどうするつもりなんだい?」

目の前の食事に舌鼓を打ちながら、メネシスが聞いてくる。彼女も催涙弾や時限爆弾を作ってもらっている関係上実行部隊であり、全てを秘密にすることは出来ない。俺は一瞬ライズに目配せしてから話し始めた。

「プリシラ姫だけならともかく、セーラ嬢の体力を考えると陸路での亡命は不可能だから、逃走経路は海路を考えている。そこで髭…いや、ロジャース海軍少将に頼んでスイーズランド海軍最速の駆逐艦を用意してもらったんだが…」

「ズィーガー砲だな」

俺の次の言葉を察知したカルノーが口をはさんでくる。実際彼もあいつには煮え湯を飲まされたクチだ、威力は身をもって知っている。

「ああ。一応艦には作戦決行予定日の夜半に接岸してもらうように言っているが、あいつを潰さない限り間違いなく沈められるだろう。そこで作戦当日に、ズィーガー砲に破壊工作を仕掛ける人間が必要になるんだ…」

「ならその役目、私が引き受けますよ。こう見えてもあのテのものには詳しいですから」

一瞬の沈黙の後、フィーが名乗り出た。

「僕も手伝おう。セーラの方はじいやに協力してもらうから早くに終わるはずだ」

続いてカルノーが申し出る。2人要るかどうかは微妙なところだが、ズィーガー砲を潰せなければ、いかに作戦が成功しようとも全ては水の泡になるだろう。

「分かった。ならばカルノー、フィオナの2人でピクシス家令嬢セーラの身柄確保およびズィーガー砲の破壊を頼む。俺とライズはプリシラ姫の身柄確保に全力を注ごう。…これでいいか?」

一応皆に確認を取る。さすがに反対意見は無かった。

「どうやらこれで決まりのようね。でもリョウ、私たちはどうするの?ピクシスの方は執事さんに協力を頼むらしいけど、私たちこそ内通者が必要不可欠よ」

少し考えて、ライズが質問をする。彼女らしい、非常に的を射た質問である。

「そのことなら心配しなくていい。俺にいくつか当てがある、それに今日の夜にでもそのうちの1人と連絡が取れるはずだ。まあ、楽しみに待っていてくれ」

俺は少し含みを持たせて言った。ライズは完全には納得しかねているようだったが、俺の自信ありげな態度を信用してくれたのか、それ以上は何も言わなかった。

「大方のことは決まったようだね。じゃああたしは残りの催涙弾と手榴弾に掛かるから。リョウ、ちゃんと後片付けするんだよ」

そう言って最初にメネシスが席を立つ。続いて俺以外の3人も順番に皿を持って台所へ消えた。忘れていたが、今日の後片付けの当番は俺だったようだ。

(面倒だ。なにしろ5人前洗うなんて無かったからな)

ため息を1つつき、俺も自分の皿を持って席を立った。


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