「頭のいい奴ほど、私生活ではどっか抜けてるもんだ。
本当に、単なる馬鹿である場合もあるがな」
(ユリック・N・オーエン:著「Be Wild!」)
「ユウキ卿、我々は常に人材を求めています。──優秀な人材を、ね」
純情な青年なら感涙したかもしれない港での手厚い歓迎(ユウキ談)のあと連れてこられたホテルのラウンジで、
ローテンブルグ大佐は開口一番そう言った。
それはあんたがたの都合だろう──という反射的な感想を、ユウキは慎み深く呑み込み、
とりあえずは相手の話を聞く事に徹した。実のところ、相手が何を言いたいのかは分かりきっていたが…。
「スィーズランドの永世中立──それは、必ずしも奇麗事で達成されるものではありません。遺憾な事に。
無論、武力があればいいと言うものでもありません。戦争は所詮、外交の一手段でしかありませんからね。
しかし、無いよりはあった方が選択肢が増すというのも事実でしょう。
そして武力にせよ経済力にせよ技術力にせよ、ただあるだけでは意味がありません。
より優秀で有能な者によって適正に運用されてこそ、力は意味を持つものなのです…」
この後、大佐の永世中立に関する演説ないし講義は、十数分の長きに渡って続いたが、
ユウキは謹厳な表情を保ちつつ、それらをせっせと忘却の淵へ放り込んでいった。
「…それで、大佐。そろそろ本来の御用件をお伺いしたいのですが…」
大佐の弁舌が一段落した所ですかさず口を挟んだのは、何故か当然のようについて来たライズであった。
既に目を開けたまま眠りかけていたユウキは、その言葉によって慌てて意識を現実に戻し、彼女に感謝の視線を送る。
「おお、失礼いたしました。どうも喋りはじめると止まらないのが私の欠点でしてな…」
実に気持ち良さそうに口を動かしていた大佐は、意外に素直に頭を下げる。
どうやら、口が良く回るのは趣味で、気質はむしろ素朴な男らしい。
大佐はユウキに向き直ると、さすがに軍人らしく表情を改めた。
「ユウキ・キリュー卿、我が軍はあなたを迎え入れたい。貴公はドルファンで中佐の階級を得られたそうですが、
我がスィーズランドは大佐の階級をもって貴公への誠意と期待の証としたく存じます」
ほう、良く調べている───ユウキは妙なところで感心した。
正確には、ダナン紛争が終結した当時、ユウキの階級は少佐であった。
それが、戦争後の叙勲式において、聖騎士の称号と共に中佐の階級を送られたのだ。
明日にはこの国を追われる英雄への責めてもの手向け、実質の無い名誉だけの贈り物ではあったが。
ドルファンの歴史上、二十人に満たない聖騎士の称号を東洋人が得た事は、トルキアではちょっとしたニュースになったが、
中佐の階級が送られた事については、一般ではほとんど知られていないはずだ。
もっとも──と、ユウキは思い直した。
全欧屈指の諜報力をもつスィーズランドの情報部が、隣国の戦後処理のやり方に無関心であるはずもない。
「どうでしょう、ユウキ卿。配属や条件に関しましても、当方は相談に応じる用意があります」
重ねていう大佐の声に、ユウキはしばらく考え込んでから、
「…お受けしましょう」
休暇がなくなってしまったが、まぁよかろう。ライズの実家に行く機会がなくなってしまったのが残念だが…。
満面の笑顔に涙すら滲ませる大佐に両手を握られつつ、ユウキはそんな事を考えていた。
ただ彼は、ライズがわざわざここまでついて来た理由と、そしてこの時の何かを決意したような彼女の表情に、
全く気づいていなかった……。
<後書き>
は、話が進まん……。序章はここで終わるはずだったのに。
次回こそ、ようやく序章・ユウキの5年間は終わり。
次々回から第二次パーシル会戦に……行けるといいなぁ。