ほうき頭が逃げ出した方向を暫く見ていた。無様としか言い様のないその姿に苦笑する。
「あの…」
恐縮した声が俺の背中に当たる。ハッとして振り向くと同時に言葉を失った。
(可愛い…)
そんな気持ちで一杯になる。変に自分を着飾る事無く、あくまで自然な彼女の魅力に惹かれ始めていた。
「助けて頂いて、有り難う御座います。」
そう言って頭を下げる。しかし、恐怖心が残ってるせいか声は微かに震え、表情も暗い。
それでも、次の瞬間には軽く微笑んでくれた。逆に気を使わせているみたいで、何となく心苦しい。
「いや・・・、気にしなくていいよ。」
元気づける言葉が見つからず、精一杯の言葉だった。こんな時、自分の不甲斐なさを痛感する。
すると、彼女ががそれを否定するように口を開いた。
「そう言う訳にはいきません。是非お礼に伺いたいので、せめて、お名前だけでも教えて頂けませんか?」
言い終えてから、何かを思い出した様な顔をする。その際、微かに頬を染めた。
「あっ、すいません…。私、ソフィア・ロベリンゲと言います。」再度頭を下げる。
ソフィアか…
彼女の一語一句を噛みしめる様に聞くと、恍惚に浸る前に自分の名前を告げた。
「俺の名前は奇稲田・アスタ」
「アスタさん…。素敵なお名前ですね。」
ソフィアの台詞が頭の中で、リフレインする。
『素敵なお名前、素敵なお名前…』と。
ある意味、人生で最高の瞬間かもしれない。そんな馬鹿な事を考えていると、ソフィアが言葉を続けた。
「アスタさん、改めてお礼に伺います。本当に有り難う御座いました。」
一礼すると、笑顔を浮かべながら街中へと消えて行った。
「かっこいいねぇ。女の子なんか助けちゃってさ。よっ!色男!」
今まで黙っていたピコが、おだてる様に言ってきた。「そうだろう、そうだろう。さもありなん!」
「それは、さておき…っと!早く宿舎に行こう。もうすぐ日が暮れちゃうよ」
得意気になる俺を後目に、さっさと話を進める。
「それで終わりかいっ!」取り敢えず突っ込む。
「キミと漫才してる場合じゃないの。このままじゃ夜になっちゃうよ!」
そう言って、地図に記された場所へと飛び始める。
「ピコの方が断然大人だな…」などと嫉妬混じりの事を考えながら、荷物を拾い上げ後を追う。
宿舎に向かう際にも、ソフィアの事が頭から離れなかった。
もう一度会いたい…。会ってゆっくりと話がしたい…。
いや、彼女はお礼に来ると言ってたよな。その際にでも……って…
「あーーーーーっ!」思わず大声が出てしまった。
「なにっ?どうしたの?」目の前を飛んでいたピコが、驚いた様に振り向く。
「住所教えるの、忘れてたぁぁぁっ!」
ザッパーン!
都合良く俺の背後で波しぶきがあがった。
「……………」ピコがあからさまに冷たい目で俺を見る。
獣の咆哮にも似た叫びは、ピコの視線を避けるかのように彷徨い、海に虚しく消えていった。
「ああ…海が綺麗だ………」俺は、迷わず現実逃避した…。
続く……